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広島のすぅちゃん

BABYMETAL中元すず香の軌跡をたどる

080 姉日芽香ASH入学、すず香対外イベント初出演

 2006年秋、中元すず香の一つ年上の姉、日芽香もアクターズスクール広島に入学します。
 中元すず香は2006年春入学の15期生、日芽香は16期生となります。
 さすがは中元家の次女、スカラシップ選考で見事準グランプリを獲得しての入学となりました。
http://star.ap.teacup.com/haruhisa/209.html

 

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 姉とともにスクールに通うことになったすぅちゃん。
 中元すず香は3人姉妹の末っ子ですので、赤の他人が映像などを見てるだけでも妹ポジションが似合いますし居心地もよさそうに感じます。本人も末っ子だったことが自分の人格形成に影響があることを自覚しているようです。

 まだまだ幼い小学3年生だったすぅちゃん、姉が一緒に通うことになりさらにスクールが楽しいところとなったことでしょう。

 

ところで、「050 中元すず香 アクターズスクール広島入学 」で触れたインタビュー記事(雑誌MARQUEE(マーキー)97号(2013年6月10日発行))で、中元すず香はこう述べています。

 「歌は好きでしたけど、正直ダンスは嫌いで。1個上のお姉ちゃんと一緒に1つ上のクラスに入ったら、私だけ年下でダンスについていけなかったんですよ。あと、リズム感が無かったですね(笑)。最初は、歌ができるからアクターズにいようって感じでした」

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画像出典元:「iz-f の ほとんどヒトリゴト」さん http://ameblo.jp/iz-f/entry-11921400346.html

 

ここは多くの人の興味をそそるポイントのようで、中元すず香の逸話等を紹介する際によく使われています。

曰く、「中元すず香ダンスが苦手だった」ということです。

 

この部分について検討したいのですが、
まずは、「1つ上のクラス」がなにを指すかです。


中元すず香はすでにAクラス所属(原則小学1~5年生)として発表会にも出演していますので、姉が入学して以降の「1つ上のクラス」として考えられるのは


①Bクラス(原則小学校6年生以上)

②専科(年齢に関わらず選ばれし者のみ所属するエリート科)

ダンスチーム等の特別クラス


あたりが考えられます。どのクラスだったかは実際にわかりません。また、この逸話の時期もよくわかりません。
いずれにせよこの並びを見ると、どのクラスもかなり年上のお姉さんかスクール内エリートが所属するクラスであることがわかります。
小学生時の学年違いは筋力や体格といった基礎体力に大きな差があるのでそこでダンスについていけなかったという思いを抱くことは当然あり得ることでしょう。
そしてASHの発表会をたどると、中元すず香はしばらくAクラスでの出演が続き、専科やダンスチームで出場した形跡が見られません。ですので、ここからは想像なのですが、「1つ上のクラス」はもしかしたらしばらくして辞退したのかもしれません。

(実際中元すず香ダンス能力は相当なものですのではたから見たらついてこれていないなんてことはなかったかもしれません。ただ、本人はそう思い込んでいた)

 

ということで「中元すず香ダンスが苦手だった」のではなく、「ダンスが苦手と思い込んでいた」ということなのかと思います。

 

1つ上のクラスに通うことになった原因が、スクール側から評価されたためか、あるいは単に「送り迎えがたいへんだから姉妹で同じ時間帯のクラスに」だったかはわかりません。
いずれにせよ、大人がよかれと思って上級クラスにいれても、本人は抱かないでいい劣等感を抱いてしまうという好例かと思います。やはりどんなに才能があっても子どもは子ども。同じ世代の中で伸び伸びとやらせるのが本人の自信という意味ではいいんだろうな等と考えさせられます。

また、「あと、リズム感が無かったですね(笑)」と思っていたのも興味深い内容です。ダイナミックなダンスで観衆を魅了し、「悪夢の輪舞曲」のような難しいリズムの歌を歌いこなす中元すず香にリズム感がないなどにわかに信じがたいですが、中元すず香にそう思わせてしまったダンスレッスンがどのようなものであったか非常に気になります。このあたりはまたいずれMIKIKO先生との逸話とともに考えてみたいと思います。

といいますか、1つ上のクラスに入った(入れた)こと自体が彼女の能力が高く評価されていた証しですし、なんといっても「ダンスがついていけなかった」は、裏を返せば「1つ上のクラスでも私の歌は通用した」ということですからね(笑)

 

話が脱線してしまいました。2006年秋発表会以降の中元すず香の動きに戻ります。

 

2006年秋の発表会が終わりしばらくして中元すず香はアクターズスクール代表として初めての対外的なステージにたちます。
2006年11月3日(小学3年生、8歳)こころ住宅展示場オープンイベント「こころコンサート」に出場することとなったのです。

 こころ住宅展示場オープンイベント「こころコンサート」

とき:2006年11月03日(金・祝) 14:00~14:40

場所 : 広島市安佐南区 セントラルシティこころ イベントテント

出演 : ASH選抜 

 

「セントラルシティこころ」は広島市が開発を推し進めていた西風新都という都市開発プロジェクトによる団地の一つで、コンサートイベントはその販売促進の為に定期的に行われていたようです。

「こころコンサート」ちょっと調べてみるとすでに270回以上の回数を重ねているようで伝統あるコンサートとなっていることがわかります。
(現在は販売促進というより地域おこしのようなイメージかと思われます)


しかし、ASHのシステムはおもしろいですね。学内オーディションに合格し、発表会を経ることにより対外イベントへの出場も増えていくというシステムです。
やはり対外的にアピールするためにはそれ相応のものしか出さないということですよね。

 

9番目に登場した中元すず香がここで披露したのはやはり「メランコリニスタ」

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ここでも天使の羽を背負ってますなあ。

ちなみにこの写真はアクターズスクール広島公式に掲載されていたものです。


コンサート自体の様子は以下のサイトが伝えてくれています。

haruhisaって?様 http://star.ap.teacup.com/applet/haruhisa/200612/archive
かまたん日記様(現在閉鎖中の模様)

 

 

こころコンサートも無事終えた中元すず香にはさらにイベントが待っていました。
生誕月である12月はASHイベントの季節でもあったのです。