広島のすぅちゃん

BABYMETAL中元すず香の軌跡をたどる

1440 森ハヤシと中元すず香

(この稿は一つ前の記事からの続きです)


 森ハヤシと中元すず香が出会ったのは2009年2月。
 可憐Girl'sとして森ハヤシ・田野アサミがパーソナリティのRKB毎日放送「クチ×コミ」にゲスト出演した。

(放送日)
 RKB毎日放送 2月21日(土)・2月28日(土) 25:00~25:30
 TBSラジオ 2月22日(日) 25:00~25:30

なんと!クチコミ史上最年少のゲストをお迎えしました!現役小学生アイドル、可憐Girl’sのAYAMIちゃん、YUIKAちゃん、SUZUKAちゃんの3人。
ラジオへの出演がはじめてということで、最初は緊張してたみたいですが、アサミ姉さんのやさしい(?)おもてなしに気もほぐれたのか、楽しそうにトークをしていってくれましたよ。
 RKB毎日放送「クチ×コミ」番組HPより

 中元すず香にとって初めてのラジオ初出演が、森先生の番組だったんですね・・・

 どんな印象だったのでしょう?

森「たぶん中元は覚えてないと思うんですが、可憐Girl'sのときにボクがやってたラジオ番組にゲストで来て…」
中元「あ、そーですそーです!!」
森「覚えてる?」
中元「覚えてますよ、ちゃんと!!」
森「あのとき中元は小4だったんですけど、可憐Girl'sにイジられた記憶があります」
中元「アハハ。ウソ~、それは覚えてないかなぁ(笑)」
森「最初は緊張した感じで『よろしくお願いします』って入ってきたんだけど、最後には『バイバイ、森さん』みたいなね(笑)結構ナメられて終わったな、っていうのが思い出ですね。」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

 小4と言ってますがこのときすぅちゃんは小5、武藤彩未島ゆいかが小6。
 そんな小学生にナメられたという森先生(笑)それだけ森ハヤシという人は、人の懐に入るのが上手なんでしょうね。

 

 次の出会いは2009年のちゃおフェス(このときの模様はこちら参照)。
 ちゃおフェスは、ちゃおガールオーディションやファッションショー、歌のステージなども行われるのですが、森先生は、田野アサミさんとともに司会者として登場。

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 このときすぅちゃんは小学6年生。アディダスガールやモデルとして参加。

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 まえがみ~ 入れて~ ちょ~くりつ ニット帽♪
 ほんとこだわりなんですね。
(モデルとしてそれで正解なのか、とか、ちょっと男子なに手を繋いでるんだ?とかそんな野暮なことは言いません)

 このときの印象はどうだったんでしょうか

森「そのあと『ちゃお』のイベントでも一緒になって」
中元「すぅ、そのときのことはあんまり覚えてないんですけど~」
森「出た出た片思い(笑)。オレはこんなにまざまざと思い出せるのに」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

 片思いだったんですね・・・( ノД`)
 このイベントはアミューズキッズ勢揃いてな感じで相当数のキッズモデルが登場しているのですが、森先生、その中にすぅちゃんがいることをわかってたんですねぇ。可憐Girl'sの子だなあという感じだったのでしょうか。

 ちなみにこのときはミニパティが歌を披露したのですが

森「そのあとがミニパティになるのかな。実はそこで会ってるんだよね。ちゃおガールのオーディションとか覚えてる?」
杉崎「いましたよねー。ぶっちゃけこのおじさん誰だろーと思ってました。」(中略)
飯田「私も森先生が他の子と話してるのを裏で聞きながら、ちょっと変な人だなと思ってた。ヘンにテンションが高くて!!(笑)」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.32 2014年3月14日発売より

 森先生・・・( ノД`)

 

 その後、中元すず香が森先生と一緒になったのはさくら学院開校後。
 2010年ちゃおフェスで、森ハヤシ司会、中元すず香モデル出演+さくら学院シークレットライブという形で出会っています。

 森先生が司会だったのか確認したくてこちらの映像を食い入るように見たのですが、森先生は映ってないんですよねぇ。

www.youtube.com

 でも声だけ聞こえていて。
 なぜ俺はおっさんの声を聞き分けながら「これ、森センだよね?そうだよね?」などと一喜一憂してるんだと自問自答してましたが、こちらのページに「MC:森 ハヤシ / 安座間 美優」とあったのでこの日のMCが森ハヤシだったことを確認。


 このように、森ハヤシが中元すず香と関わったのは、ラジオパーソナリティやイベントの司会者として。
 中元すず香は森ハヤシさんのことを「ちゃんと仕切ってくれる司会者さん」というイメージで捉えていたといいます。

 

 しかし、中元すず香が森ハヤシの本領を体感するときが訪れる。

中元「でも、さくら学院ではじめて会ったときのことは覚えてますよ。学院祭の台本を書いてきてくれて、みんなの個性がすごくよく出ていた内容だったんです。あまり会ったことないハズなのに、すごくくわしく知ってるからビックリして。それまでは『ちゃんと仕切ってくれる司会者さん』みたいなイメージだったんですけど、こういうところもあるんだなって。そこからですね、学院祭を通して『人の魅力を引き出すのが上手だな』と思うようになった(後略)」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

 森ハヤシはやはり「脚本家」としてさくら学院に登場したんですね。


 2010年11月28日に開催されたさくら学院初単独ライブ「さくら学院祭☆2010」は途中で寸劇が入り、そこに森ハヤシが担任の先生役として初登場します。

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 生徒紹介を兼ねつつ教室コントを繰り広げていくわけですが、
 森先生が中元すず香に与えた役は、激しくダンスをしつつ、「私の特技は暗算です」と言っちゃうボケ役。

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中元の“ダンスキャラ設定”も正直迷いながらだったんですよ。
どういう子か分からない中で一番目に付いたのが、踊ってるときのハツラツ笑顔!!
なんかちょっとアイドルが憑依した感じの笑顔とダンスで、すごく印象に残ってたんで、まずはダンスキャラを与えてみた
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

 

 ところで、アーティストのライブにMCや先生役で森が登場するのはここが初めてではない。
 森はポルノグラフィティのファンには知られた存在であり、
 WAGE時代からファンクラブイベントでのMCをしたり(2003年、モリ・ブルゴーニュ・ハヤシで登場w)、
 2007年のポルノのアリーナツアーには演出家的な形で同行。

 ハルイチ: ライブの度に(森の口から)出てくるのは、MCのダメ出しばかりで。ほんま正座させられるような勢いで。
 アキヒト: ダメですよ、もっと膨らませないとって。
 http://poruvision.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_c681.html
(注)ハルイチ新藤晴一ポルノグラフィティのギター アキヒト=岡野昭仁、同ボーカル

 2008年のファンクラブイベントでは先生役として登場。
 緑地に白のラインの入ったジャージをはいた森ハヤシ先生が生徒(ポルノグラフィティのメンバー)を呼び出し、一言ボケを言わせてからのクイズコント、なんかをやっていた。
 参照:http://blog.livedoor.jp/kalutabu/archives/51512157.htmlhttp://pointline.exblog.jp/9677656/


 年上のポルノグラフィティ相手にすら先生役をやっているぐらいなので、森自身が、自分は先生役が適任と自任しており、アーティスト相手の教室コントを自ら演出していたことが面白い。

 脚本が書け、自ら演者として舞台に立つことができ、先生役はお得意技、MCとしての経験も豊富
 こんな人間がさくら学院の「担任」となるのは、もう必然のことだったのかもしれない。

 

 とはいえ、この時期、森がさくら学院とは絡むことはまだ少なかった。
 例えば、学院祭後の「夢に向かって」リリースイベント(2010年12月)や、ファーストアルバムリリースイベント(2011年5月)などのMCは小林アナという芸人(元アナウンサー)が担当しており、この頃はさくら学院のMCといえば小林アナという感じである。

 森ハヤシがさくら学院との絡みが多くなり、担任として定着していくのは2011年秋にレコード会社がユニバーサルJにかわり、公開授業などのトークイベントを開催するようになってから。

 そのためか、こんなことを言われている。

杉崎「森先生が学院祭で先生として登場したとき、みんなすぐいなくなると思ってたんだよね(笑)」
堀内「あんまり、先生って感じがしなくて」
飯田「私はあのハッチャけた人とまた一緒にやるのかと思ってた」
森「おいおい!でも実はオレも1回で終了かなって思ってた(笑)」
(中略)
杉崎「そのころからさくら学院の活動が活発になって、公開授業とか学院祭とかやるたびにいつもいるんですよ。またいるーと思って」
佐藤「なんか先生というより親戚のおじさんっていうイメージだよね」
飯田&佐藤&堀内「そうそうそう」
(中略)
杉崎「そう。嫌いだったわけじゃないのよ。大好きだったのよー!!ただ、“先生”じゃなかったかなって」
飯田「らうが先生って思い始めたのは『FRIENDS』のミュージックビデオ撮ったときだったかな」
堀内「私は最初の卒業式で森先生が司会やってるの見て『あ、本当に先生なんだ』って(笑)」
杉崎「寧々もー!!(笑)」
佐藤「みんな遅すぎるって!!」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.32 2014年3月14日発売より

 「親戚のおじさん」への同調率100%(笑)
 4人中3人は2011年度の終わりになってようやく先生だと認識したと。
 (FRIENDSのMVは2012年1,2月頃に収録)

 ということで、親戚のおじさんだった森ハヤシが自他ともに「先生」と認められた状態で活動したのは2012年度から。すぅちゃんが生徒会長になった年からだったんですねぇ。

 

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 中元すず香は森先生のことをこんな風に評しています。

・人の魅力を引き出すのが上手だな

・(コントやってて楽しいの?と聞かれ)
 楽しいですよ。なんか森先生にイジられるようになって『あ~、こういう分野もあるんだな』って。私、それまで歌とかダンスばかりやってきたので、やってみたら『面白い!』と思うようになって
  G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

・公開授業などで個性を出す事ができたのは森先生のおかげ
・森先生が、私の意識を変えてくれたんです
 2013年4月7日トークイベントより(参加者の要約に拠る)

 ダンスや歌の部分以外での魅力を引き出してくれた。 

 

  担任として中元すず香をみてきた森先生は中元すず香のことをこのように評価しています。

・100か0の人

・そういうギャップが今後も蓄積されていけば、アーティストとしてスゴくなんるんじゃないか
  G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より


・(中元のシンガーソングライターになりたいという夢に)俺それすごい興味あります。中元作詞作曲は興味あります
 「チーズ色のすぅさんと」映像より


・(シンガーソングライターについて)そういう資質あると思います。ちゃんと中元には中元の言葉があるというか、クリエイティブな言葉を持ってると。一応、脚本家目線で言ってみましたけど(笑)
  G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

  森先生ばりの笑いに包んだ言い方ですが、中元をアーティストとして認めている上に、クリエイティブな言葉を持っていると。この「脚本家目線」という言葉は重いですよね。本業の脚本家という言葉を出したからにはお世辞でも誇張でもない、ということでしょう。

 一方で、こんなことも。 

・何か課題を与えたら頑張りすぎる人

・コントも本番までにすごい仕上げて来る

・宿題を与えると、すごく成果を出してちゃんと返してくる

・努力家すぎて突っ走りすぎちゃうというマイナス面もある
   G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より

  中元すず香さんは、天賦の才に甘んじることなく、努力する才能も持つ人 というイメージがありますが、森先生から見たら、頑張りすぎる人なんですね。
 どんな物事も表裏一体、良い面悪い面がある。ストイックというのは諸刃の剣。

 中元は、頑張らないはずがない、努力しないはずがない、という大前提があって、卒業式のあの言葉がでてくる。 

 中元というのはものすごくストイックな人間で、たぶん皆さんに努力を見せずに家ですげえやってきた結果がこうやって舞台ででていると思うんです。
 まあそれでいっぱい今まで小学校のときから功績を残していると思うんですけども、きっとね、まだ中学3年生でこれから何年もこの業界で頑張っていくとなると結果がでなくなるときも絶対あると思うんですけど。中元のストイックさはすごい大事だけど、自分がダメだっていうときも許してあげられる、そんな中元の部分も持っていて欲しいなと思います。
 ほんとにあの、中元は、失敗したりとか、ほんとにあのミスってるとき、そういうのもね、たぶんここにいる皆さんはね、愛おしいと思ってるはずなんですよ。そういうところも中元の魅力だと思うので、あの、ほんとに、ちゃんと自分を大事にしながら成長していってもらえるといいなと先生は思います。
 2012年度さくら学院卒業式森先生コメントより

 どんなに才能があって、どんなに努力しても、この業界では行き詰まることもある。WAGEやその後の脚本家人生で様々なことを経験してきた森先生ならではの言葉。
 そんなときに「100か0か」の中元、頑張りすぎる中元が、ぽっきり折れてしまわないか、そんな危惧を抱いたのでしょう。「自分がダメだっていうときも許してあげられる、そんな中元の部分も持っていて欲しい」この言葉にはそんな思いが込められているような気がします。

 


 そんな森先生は、中元すず香さくら学院を卒業した直後のBABYMETALのライブを見に行きます。

こんばんは。みよしです~(^O^)

今日はねー…今日はねーっ!笑
BABYMETALのLIVEいってきたよ。

久しぶりに、すず香と由結と最愛に
会いました~(。-_-。)

LIVEめっちゃ楽しかった笑
先輩として、ちょっとだけダメ出しもしてきましたが…笑

しかも、なんとあの人もいた!

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この度、専属マネージャーになってくれました。森ハヤシです。ふふふ笑
色んなお話してきました。

 三吉彩花オフィシャルブログより https://ameblo.jp/ayaka-miyoshi/entry-11532472865.html

  2013年5月17日の「BABYMETAL DEATH MATCH TOUR 2013 -五月革命- BATTLE-2」@Zepp DiverCity TOKYO での出来事。中元すず香さくら学院卒業後、東京での一発目のライブですね。森先生駆けつけたんですねぇ。

 しかし、その後はBABYMETALのライブには行かなかったといいます。
 次にBABYMETALを見に行ったのは2016年9月の東京ドーム。なんと3年以上足を運ばなかった。
 このように卒業後すぐに観に行くぐらいですから、BABYMETALに興味がなかったわけではないと思うんです。
 なぜ足を運ばなかったのか、その理由の一端を東京ドーム後に話しています。

 中元が卒業してすぐのは、僕、行ったんですよ。僕もね実はそれ以来だったんすよ。
 あのね・・・ 行くのがちょっと怖くて
 怖くてというか、別に、あの、なんと言うのかな。ネガティブなイメージじゃないんすけど、なんか心配だったわけ。感覚的に。
 なんかさ、彼女たちはずっとアイドルでやってて。
 メタルっていうのはまったく知らないことじゃないですか。
 そんなのをやって、どんどん階段を登っていったわけでしょ。みるみるうちに。
 だから、なんか・・・ な、なんだろ、これ、絶対ないと思うけど、やらされてる感みたいなのを、もし見に行ったときに感じてしまったら俺セツなくなっちゃうなと思って。
 もうずっと見に行けなかった。

 2016年10月1日RKB毎日放送「もちこみっ」より

  この感覚… これは「先生」だからこそ抱ける感情なのかもですねぇ。

 

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 そんな森先生が、卒業前の中元すず香とした約束

森「いつかね、オレがドラマの脚本書いたら、その主題歌とか歌ってくれない?お願いしにいくからさ。『ほら、あのとき面倒みたじゃん』『お前のピンチ救ったじゃん』みたいなさ(笑)そういう形でまた一緒に仕事ができたら、すごい楽しいですよね。やろうぜ、いつか!!」

中元「すごい楽しみ! あ~でもラジオのゲストや『ちゃお』のイベントで会ってたころを思うと不思議ですね。司会者さんだったのが、こうやって担任の先生になってくれて」

森「オレもあんな小さかった子供が大きくなって、こんなしっかりした子たちになるっていうのは思いもしなかったよなぁ(感無量)。ホント、いい卒業式にしような!!」
 G(グラビア)ザテレビジョン Vol.26 2013年3月16日発売より


 森先生がさらにビッグな脚本家となり
 中元すず香がシンガーソングライターという夢を叶えたとき
 この約束が果たされる日がくるのでしょうか。 

 たとえBABYMETALがどれだけ世界を駆け巡ろうが、SU-METALがどれだけ大物と同じステージに立とうが、森先生の中で、すぅちゃんはあのときの小さかった子供のままなのかもしれません。

 

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